例)夜になると屋上にお化けが出るといううわさがありました。 |
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学校の特定の場所について昔の懐かしい光景やそこでの思い出話を主にするページです。
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感謝 謝罪 告白屋上: | 卒業式の前日にクラス全員と屋上に行った。楽しかったなぁ |
屋上: | 勝手に入るのできないんですよね。鍵がかかってる。アニメと、全然違いすぎて萎えてたwwww |
屋上: | 理科以外で行ったことありません。〔太陽の観察〕 |
屋上: | 5年か6年の時に天体観測した |
屋上: | 5年に上がったばっかの全校写真で校長先生が屋上おって羨ましい |
屋上: | 歩いたらいい音と言っていた |
屋上: | 私は、屋上には行ったことがありません。なぜなら、庄内南小学校の屋上は、三階の壁の一部に入り口があり、鍵がかかっているからです。 |
屋上: | なぜか使ってないソーラーパネルが設置されてる。 |
屋上: | 屋上はふだん入れない |
屋上: | 屋上は3年生の理科の実験の日初めて行きました。その日からずっといってません。 |
感謝: | 田中きみ子先生、川原政治先生大好きな先生でした。お元気でしょうか!川原先生が好きでした、あの歌をもう一度聞きたいです |
校庭: | 校庭に死ねと書かれていて先生の間で有名になっていました |
屋上: | 卒業前屋上言って寝ころんだら自然と涙が出た。 |
教室: | 昭和28年ごろで5年生だったと思うが、担任はお姉さんのような美しい溝口先生だった。 教室は8人程度の班に分けていた。当時教室は50人弱程度いたから6班程度があったと思う。国語の本を班ごとに読ませ、読み間違ったら次の人が読むというやり方で、各班にどのくらいの行を読むことが出来たかを競争をさせ、一番負けた班がその日の教室掃除を担当することになっていた。当時花菱アチャコや横山エンタツという喜劇スターがいてよくアジャーパーなんて言葉がはやっていた。 読み間違えるとアチャー!やアジャーパー!なんて言って他の人を笑わせたりしたものです。このころ今ではフウテンの寅さんの言葉で有名だが、女子には俺をー君ではなく、オイチャンと呼べと言って笑わせていた人もいた。また先甲府に重病の女の子が手術を受けるお金が足りないという新聞記事があり、先生の提案があったと思うが、皆で話し合って、その子を応援するために新聞紙などで袋を作ってお店に行ってそれを買ってもらったり、遠くの山に行って柏の葉っぱを取ってきて店に買ってもらったり、小遣いを出し合ったりしてお金を作り、甲府送ったという思い出があります。当時これはこの組にいた女子にお父さんが新聞記者をしていた人もいたためか山梨の新聞にも載り、皆で喜びあった記憶があります。それは、それは、溝口先生のお陰であるのですが、まとまりのある素晴らしいクラスでした。先生も皆様も今なお、お元気であればよいのですが。 |
校庭: | 体育倉庫の裏側できもだめしをした |
飼育小屋: | 飼育小屋はありませんでした |
音楽室: | 脇城によせてという組曲 |
プール: | 2段式で1~3年は浅い方(水深90cm位)4~6年は深い方(水深最深部で1m40くらい) 水泳が不得意でまったく泳げなかった自分は4年の時の担任N波先生に最深部になんども投げ込まれた、おぼれているオレを見て笑っていた。 |
感謝: | 修学旅行で乗った観光バスの東急鯱バスさんに感謝します。その時以来今でも鯱バスさんとお付き合いしており、吉本新喜劇との共演をもらったり毎年鯱バス様の忘年会に歌のゲストで呼んでもらったりで。一部は伊丹市バスのクラスや学年もあったというが。名古屋、豊田自動車工場、犬山城に行って「喜月」という旅館に泊まった。現在は「八勝閣みずのを」という名前に変わったが。そこで部屋での寝る場所を各自で勝手に決めないように、食事時に鯱バスさんが主催の抽選会をして景品と寝る場所も同じ番号の所にするとなった。私が希望してた一番奥端の窓側である犬山城と木曽川の前に行きたかった。でも、抽選で当った所になる。窓側端は景色の眺めが良いから特等席になる。抽選は東急賞、犬山賞、名古屋賞、豊田賞、ハズレだった。1等は東急賞で景品にはメロン狩りツアーもあったと思う。(東急賞でも何番ってあったから)寝る場所は床の間横の端で景色が見える所。2等は犬山賞だった。これが自分が望んでいた所。一番奥端の窓側。景品は木曽川鵜飼の乗船券もあった。3等は名古屋賞で出入りやトイレに便利な一番入口側の端。景品は金鯱グッズ。4等は豊田賞で自動車グッズが景品。寝場所は2人だけが並んでいる所。ハズレは真ん中の寝る場所。4人1列が多かったから真ん中2人がハズレ。残念賞はありだった。でも、真ん中は両方と話せるから絶対に真ん中がいい!端ばかり入賞にするのはおかしいという申し立てもあった。しかし、これから大人になっていく子供達には社会では座席の順があって、入口から最も遠い所や端が「上座」になることを学んでもらうことだった。子供の世界だから「特等席」と言ったが大人の社会では「上座」と呼ぶこと。先生からは修学旅行は学問を修めると書くからそういうことになったとの回答だった。辻は今だから言えることだが、実は抽選会で鯱バスにゴマすって、一番窓側端の犬山城の前に当たるようにして下さい!って抽選を取ってもらってて「インチキ」してた。 |
感謝: | 大人になっていま自分の娘が通っています |